「重要なのは優勝より参加すること」のスローガンの背景には

第4回オリンピック大会

(第4回大会ロンドン オリンピックのポスター)

 

第4回ロンドンオリンピック(Games of the IV Olympiad、LONDON 1908 Olympic Games、LONDON 1908)は、1908年4月27日から10月31日まで、イギリスのロンドンで行われました。

1908年大会は本来、ローマ(イタリア)で開催される予定でしたが1906年にイタリアのヴェスヴィオ山が噴火し、その被害がローマにも出たため、ローマが開催地を返上し、急遽ロンドンでの開催となりました。現在、オリンピックにおける環境問題や対策が大きく取り上げていますが、このロンドン大会は言わば環境により大会が左右された初めてのものといえるようです。

3回大会までは個人、チームによる参加だったのが、この大会からオリンピックの参加が各国のオリンピック委員会(NOC)を通じて行われるようになりました。

初めて開会式でアルファベット順に国旗を先頭にした入場行進が行なわレルようになったのもこの大会からです。

またニュージーランドが初めて参加しましたが、第1回大会から参加していたオーストラリアとの合同でオーストラシアとしての参加になりました。

大会中は、マラソンでフラフラになりながら1位で入場して来たイタリアの選手ドランド・ピエトリを競技役員が助けてゴールしたとして失格になる悲劇がありました。男子400mではイギリスとアメリカがレースをめぐって紛糾しました。これに対し米国の主教が「オリンピックで重要なのは、勝利することより 参加したということであろう」と説教し、クーベルタンがこの言葉を引用したことから現在のオリンピックのスローガンになっています。

(ウィキペディアフリー百科事典より参照)

 

そのころ世界では・・・

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中国大陸ではこの年、清朝の最高実力者として君臨してきた西太后が死去し、「ラストエンペラー」こと溥儀が第12代清朝皇帝に即位した。神戸港からは笠戸 丸がブラジル移民の第1陣を乗せてサントス港に向かった。米国で排日運動が高まり、移民先が南米に。その米国ではヘンリー・フォードが「T型」自動車の大 量生産を開始、本格的な自動車時代の幕開けとなった。
〔主要参考資料〕近代オリンピック100年の歩み(ベースボールマガジン社)、最新スポーツ大事典(大修館書店)、オリンピックの事典(三省堂)、国際オリンピック委員会の百年(IOC)、日録20世紀(講談社)、JOCホームページ